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光あり
昏き心も朝倉の
無量の寺に詣でてみれば

無量寺縁起
当山は、白鳳年間、斉明天皇伊予僥倖の際のお伴の僧侶、無量上人により、浅地車無寺 ( くるまんじ ) の地に開創。
本尊、阿弥陀如来は秘仏で、聖徳太子、一刀三礼の御作と伝えられる。開創当時は三論宗で、後に真言宗醍醐派に改め本日に至る。
当山第二世、宥量上人は伊予の領主河野玉輿公の御子で、その縁により以来当山は河野家の祈願寺になる。
天正年間には、宥実上人は龍門山城主、武田信勝公の外護を得て当山を現在の地に移転。又、上人は天正十年、龍門山落城、信勝討ち死にの時、その子、富若丸(当時十六歳)を当寺に隠潜させ、約十年間養育し、ついに天領の大庄屋職に就かせる。代々の庄屋の記録は『無量寺文書』または、『武田家文書』とも呼ばれ、現在無量寺に残る。

花だより
大しだれざくら(3月末)
無量寺には、当山先師宥量上人が、醍醐派総本山醍醐寺より頂いたしだれ桜があります。
毎年春に花を咲かせてきましたが、10数年より「根株腐朽菌」に蝕まれて、枯れかけています。
倒木の危険性もある事から令和6・7年頃には伐採する予定です。私も残念ですが。新たに植えているしだれ桜がこのしだれ桜くらい大きくなる事を一年一年楽しみにしてください。


お守りも各種
授与しております

アクセス
愛媛県今治市朝倉上甲 776‐3

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